ページビューの合計

2016年12月27日火曜日

入院五日目2011/09/06(火)・運動療法開始・ジムトレ・便秘の苦しみ・玄米食

運動療法開始*
昨夜は東隣のご老人、Gさんの鼾で何度も起こされ、途切れ途切れの睡眠になった。
5時には起きてパソコンに向かい、6時にはストレッチをロビーで行った。
今日から運動療法が始まるので、運動は控えた。
久しぶりに日の差す良い天気になった。
朝食後に体を拭いて着替えて、まず血糖値を計ってから早めにリハビリ室に行った。
最初は歩行マシーンで20分、時速3kmから少しずつ上げていき、有酸素運動の限界の4kmまで上げていった。
次の足上げのトレーニングにかかろうかというところで、眼科検診の呼び出しがあって東館の方に行って検査を行った。
最初に看護師に視力などの検査をしてもらった後医者の眼球検査を受け、瞳孔を開かせる目薬を差して20分後に網膜の出血検査をしたが、幸いにも糖尿病の悪影響は出ていなかった。
ところが、この薬は瞳孔を開かせる作用があり、太陽はまぶしいし、ものがぼやけてよく見えない。
そんな中もう一度リハビリに戻って運動をしたが、自転車漕ぎでは数値が見えなくて困った。
最後はお婆さんと一緒にストレッチをした。
当然ながら二人掛け持ちの理学療法士さんの苦肉の策で、お婆さんは殆ど出来なかった。
*解説 病院からもらった資料では運動の効果を色々と書いてくれていたが、常識的にブドウ糖の消費が最も重要だろうが、「インスリンの受容体が増える」ということが、糖尿病患者にとっては大切なことだと思った。
当然、肥満による動脈硬化防止や血液循環の促進という面も見逃せない。そして、何より心しなくてはならないのは運動療法をしてはいけない人に自分が当たるかどうかである。資料によると①空腹時血糖が高い人 (空腹時200mg/dl以上は禁止。かえって血糖が上昇する)②重度の合併症がある人、慎重さを求められるのは③中程度の合併症がある人④インスリン注射または経口血糖降下剤を使っている人 (食前・空腹時は運動禁止)ということである。私の場合は①には該当していなかったが、朝食前の運動という④の禁止事項を守っていなかった。今後そういう記述がある場合は原則を守っていなくてリスクを負っていことと理解して欲しい。



ジムトレ
午後から附属のスポーツジムで上半身を中心にトレーニングをした。
まず、体脂肪などの検査をして体の状況を教えてもらった。
始めて体脂肪が少ないと言われた。
しかし、まだ落とす余地はいっぱいあるようで、特に腹部が問題だった。
色々な器具を使ってトレーニングをし、床での腹筋運動も行って最後は自転車漕ぎを行った。
ジムが終わって血糖値を計ると数値が100も落ちていた。
シャワーを浴びてロビーで南隣のIさんと話をしていると昨日と同じ症状になったので、看護師に申し出て計ると82まで落ちていた。
自分でも氷砂糖を舐めながらブドウ糖ももらった。
暫くは怖くて氷砂糖を舐め続けた。
最終的には170迄戻った。
少々上げすぎたがいつまでも頭がふらつく感じがした。
夕食を採って初めて落ち着いた。
主治医のT先生に事情を言うと、インスリン投与量が朝が少なくて昼が多いので調節すると言ってくれた。
どうも、自分は高血糖を筋肉が多く消費する体質になっていたようだ。
だからこれだけ高血糖でも動脈硬化を起こさずに済んだようである。
お陰で高血糖でないと頭が働かなくなっている。
82は正常範囲で決して低血糖ではない。

便秘の苦しみ
夕食後七時前に妻が荷物を持ってきてくれた。
水はやはり持ってきていなかった。
コーヒーがあるので暫くは何とかなりそうだから明日は無理に来なくて良いと言った。
インスリン投与が落ち着いたら車を病院において自分が家に帰って洗濯物やら要る物を持ってくるということにした。
車があれば退院も一人で出来る。腹を空かしていそうなので早めに帰した。
その後やっと大便が指二本分くらい出た。便意はあまりなくてウォシュレットで刺激して出した。
便秘のためのファイバーを飲んで良いよ許可が出たのでこれからは少しましになるかも知れない。

コラム:玄米食について
我が家の米は近所の農家から直に買っている。農薬も化学肥料も用いているふつうの玄米であるが、山からの水で育っていて味も評判が良い。当時はずっと玄米を私だけ土鍋でたいていもらい、食べ続けていたが、1年ほど前にネットでミネラル分を流してしまうし、農薬が体に悪いと言うことを知り止めていた。代わりにファイバーをわざわざ買って、野菜も多く食べるよう心がけたが、便秘状態がずっと続いていた。入院時点も玄米食はしていなかった。結局、玄米食に復帰したのは退院後の数ヶ月後で、どうしても便秘が解消できなくて、玄米食に戻してみたら便通が元のように良くなった。私にとってはミネラル分を失うより便通の良くなる方が、経済的にも仕事をする上でも都合が良い。

血糖値
朝食前:121 昼食前:173 夕食前:83 就寝前:177 低血糖時(16:30):82 午前運動前:275 運動後:214 午後運動前:271 運動後:162

2016年12月26日月曜日

入院四日目2011/09/05(月)・早朝の日課・朝食と運動・低血糖の怖さ

早朝の日課
やはり早く目が覚めてパソコンで前日の様子を打ち込んだ。
ただ、一晩眠ると忘れてしまったり順序が混乱してしまう。
どうも背中が張って仕方ないので、3階のロビーでスクワットやら背筋伸ばし、腹筋、ソファーに横になって足を上げたりした。
このストレッチや筋トレは今後の早朝の日課になった。
健康記録ノートのExcelの項目をテレビのネットで調べた。
自分のデーターが始めて読めるようになった。
酒をよく飲むので肝機能に関心がいっていたが、明らかに以前から糖尿の傾向が出ていた。
それを深刻に受け止めていなかった。
それには運動をしているという過信があったように思う。
朝食前の数値はまあまあだった。
朝の体温は37.2℃で以前の自分なら熱気を感じているところなのだが、平熱が36.5℃くらいに上がっていてなんともない。
しかもこのところ血圧の低めで特に下の方が60代まで下がることがあって驚きである。

朝食と運動
朝食はやはりTさんと喋りながら食べた。
病室のインターネットの話題からアパートの話題に変わっていた。
インターネットを使って勉強しろと言おうと思ったのだが、彼女に切実感はなかった。
午前中はDVDを見て糖尿病の勉強をすることになっていたのだが、DVDの調子が悪くて出来なかった。
殆どパソコンで読書をしていた。
途中気晴らしと運動のために階段を登ったり本館まで行ったりを2往復した。
途中でT先生にあって状況を説明すると明日から運動療法を取り入れることになった。
今日は本当は午後から神経の検査があったのだが、9日金曜日まで延期になった。
痛いのが分かっているので厭だと思うが、そういうのは早めにやってもらいたいとも思う。
昼食後暫くすると風呂に入るように呼ばれて、3日ぶりにシャワーを浴びた。
無精髭も生えていたのできれいに剃っておいた。
職場では少々の無精髭を生やしても気にならなかったが、病人が生やしているの余計に悪く見られそうなので敢えて剃った。
それから暫く病室にいると看護師のYさんがきて病状の分析をしてくれた。
丁度パソコンを開いていたので、打ち込んだデーターを見せて、検査記号のおもしろ半分に知識を試すと、少々あやふやだった。
現場では検査内容の知識よりも数値の変化の読み取りが重要なのだろうと、教え子なので弁護するように解釈した。
それが終わって暫くすると、今度は栄養士さんが体重計を持ってやって来た。
去年指導してくれた人だそうだが、覚えているイメージとかなり違った。
前と話す内容は変わりなかったが、自分の真剣さは違っている。
ただ、酒のことに関しては良い案はでなかった。
いつもより熱を込めて色々話をしたせいか、終わった後空腹になったので、空腹を誤魔化すためにも無糖のコーヒーを買って飲んだ。

低血糖の怖さ
それから今度は理学療法士が来たのだが、それくらいから頭がボートして来て手が震えだした。
血糖値を計ったら90であった。それ程深刻な値の状態ではないのだが、これまで数値が高かったので落差がダメージになったようだ*。
ロビーのソファーに座って説明を受けていると、ブドウ糖を持ってきてくれた。
暫くする落ち着いたので運動療法をする場所を見学に行った。
一つ目はリハビリ用で二つ目はジムであった。
マッチョな体をした人が練習に励んでいたが、明日からの担当者もマッチョだった。
理学療法士に教え子の話をしたら、Tさんが煙草を吸っているので辞めるように言ってやって欲しいと言われた。
頭ごなしに言うわけにはいかないので、言い方を考えて夕食の時に話すと頑張ってみると言ってはみたものの、自信は無かった。
夕食前のインスリン投与はYさんがしてくれた。
今日は看護師のYさんと話す機会が多かった。
夕食後は女子サッカーを見ながらゆっくりしていると、妻が7時くらいにやって来た。
腹を空かしていたので話もそこそこに帰って行ったが、エレベーターまで送るとき看護師の詰め所でYさんに見られたのが何となく、気恥ずかしかった。
教え子に家族を見られるのは何となくばつが悪い。
*解説 病院でもらった資料によると、低血糖の症状は血糖値70以下から起こり、はじめは空腹感からいらいら、あくび、頭痛と人それぞれの症状となり、50で無気力、倦怠感、計算力減退、40で発汗、動悸、震え 30で意識喪失、異常行動 20でけいれん、昏睡にいたるという。この低血糖の症状がインスリン投与の一番の怖さである。必ずブドウ糖や砂糖を携帯して対応できる状態にしていなくてはならないが、私にはその意識がなかった。これ以降は氷砂糖を買って低血糖に備えていた。

血糖値
朝食前:129 昼食前:130 夕食前:147 就寝前:231 低血糖時:90 糖飲後:142

入院三日目2011/09/04(日)・インスリン投与の効果・入院を快適にする工夫

インスリン投与の効果
今日はこれまでの検診データーをExcelに打ち込む作業を早朝から閑があれば続けた。
これまで検診結果に無頓着であったのだが、打ち込んで内容を調べてみるとどういう数値なのかが見え始めた。
血糖値はインスリンのおかげでみるみる下がり、夕食前には125迄落ちたが、夕食後の9時半頃には225であった。
高い数値ではあるが入院時の同じ検査では341だったので随分下がっていることには違いない。
ただ、便秘が解消せずやっと、少し前に小さいのを2つした。
最初は検便のために慣れない和式を久しぶりにつかった。
それから様式のウォシュレットを使って絞り出した。
Yさんにインスリンを打ってもらった後、朝食に行ったTさんも来ていたが、わたしが遅かったので先に上がり、上郡の患者さんと話をした。
一人は家で骨折をしたという六〇代半ばくらいの人で、もう一人も同じくらいの男性で肝臓に膿が溜まったと言うことだが、原因が分からず難儀していた。
午前中はマラソンを見ながら打ち込みをして過ごしたが、一度だけ昼食前に*階段トレーニングをした。
昼食を済ました後で、職場に提出する診断書を貰いに行ったが結構手間取った。

*解説 入院中は勝手に外出できない。初めて外出するときには主治医の許可がいる。そして、書面で外出届を出さねばならない。気軽に運動できるのは、唯一「階段」である。南館では病院なので4階の無い建物の地下一階から8階まで西側にある階段の上り下りをし、地下でつながった北側の本館・緊急棟の2階までを往復する。西側の階段は踊り場に窓がついているので景色が楽しめる。地下の通路は写真のギャラリーがあって楽しめた。失敗は南館最上階は隔離病棟で一度だけ廊下を平然と歩いてしまった。

入院を快適にする工夫
妻は午後二時過ぎに重い荷物を抱えてやって来た。
検査結果のことやらを話して3時頃には帰った。
持ってきてもらった座椅子や座布団、タオルケットのお陰でだいぶ楽に過ごせるようになった。
また、同じく持ってきてもらった外付けのDVDで「結婚できない男」を久しぶりに見た。
夕食前の血糖値はSさんが計ってくれて125で共に喜んだ。
食前のインスリン注射はSさんがしてくれた。
食事は色々メニューが出るがTさんと喋っている
こともあって、あまりよく憶えていない。
美味しいものを食べたいと思うと我慢できなくなるので、食事にはあまり関心を持たないことにしている。
夕食後、横になると眠ってしまい九時前に起きた。
何もする気が起こらなかったが、無理矢理パソコンをするために起きたら、大便が出そうなので便所で無理矢理出して、検便は看護師さんに渡した。

今日は日曜と言うこともあって南隣はお見舞いが多く、嫁さんと二人テレビを音を出して見ていたのには閉口した。
喋ることもないのならさっさと帰ればいいのに、病院はリビングではないぞと思いつつ仕方ないかと諦めた。
気の毒なのは見舞いの来ない老人だった。
自分も日曜だからといって親父を見舞ったことはあまりない。
行ったからといって何を話せるわけでもなかったのだが、単調な入院生活には楽しみであったかも知れない。
Tさんも親戚総出で来たみたいだ。
東隣の高齢老人はリウマチらしく、同じ岡山弁を話すKさんという看護婦に不満をぶつけていた。
そのやりとりが岡山弁なので面白かった。

血糖値
昼食前:125 夕食前:118 就寝前:254

2016年12月25日日曜日

入院二日目 2011/09/03(土)・採尿と採血・インスリン初投与・大部屋と個室の選択

採尿と採血
病室の東隣のご老人の鼾騒音に夜中ずっと悩まされながら二日目の朝を迎えた。
五時前くらいから眠れないのでパソコンに向かっていたのだが、疲れて横になると、うとうとと少し眠れた。
同室のご老人に電気を消されるのも早かったが点けられるのも早く、六時前には点いていた。
暫くすると朝食前の採血が来たが、思ったより痛くなくて助かった。
昨晩痛かったのは看護師さんが下手なのではなくて何度も刺して血管が痛んでいたのかも知れない。
南隣は台風の中、家族や知り合いがやって来て賑やかにしていた。
聞くでもなく聞いていると話からするとどうも糖尿らしい。
退院を土曜に合わせるには金曜入院が良いのに気がついた。

7時になってからは小便をするときには必ず溲瓶に採って、蓄尿のために汚物の処理室に行った。
最初は部屋でやっていたが回りが気になるのでトイレで採ることにした。
汚物処理室は臭いがきつくて厭な場所である。
それでも、他人の蓄尿と比較して、自分の方が多いと「勝った」と思ってしまう自分が、馬鹿馬鹿しかったが愉快だった。
これを二日やることになっていた。
朝食前に朝の運動と思って館内を少し散策した。

朝食に行くと昨日食堂で久しぶりに会った教え子のT(女子)さんがいた。
外科の患者は入院が長く内科と違って動くことを求められるのか、仲間が集まっているようだった。
食後の採血は男の看護師だった。これで最後だとほっとしたが、後日、インスリン投与の結果を知るためにもう一度やると聞いて気が重くなった。

採血検査はひとまず終わったが、血糖値は指先に針を刺し血を出して計る測定が、食事前と寝る前の1日4回行われる。
これは採血よりは痛くないが、指先に電気が走る感覚である。
検温や血圧の測定に来てくれた女性の看護師に見覚えがあって、やはり以前勤務していたK高校で、自分が所属していた学年の生徒のSさんだった。
大人しい生徒であったことだけはよく覚えていて、授業中に当てても自信がないのか、なかなか答えられなかった生徒だった。
そんな彼女がちゃんと看護師として患者と接しているので安心した。
少し話をすると動揺しているのが分かった。それでも午後からロビーで気軽に話をした。

 インスリン投与
食後暫くして看護師がインスリン投与の説明に来た。
主治医のT先生からは数値で説明を受けていたが、グラフ化して他の平均的な患者と比べられて酷いのには改めてショックを受けた。
数値で分からなかったインスリンの分泌状況も説明によって分かった。
要するに自分は膵臓が弱ってインスリンの出が悪いのであって、インスリンが利かなくなっているわけではなかった。
インスリン投与で膵臓を休ませて回復させてやれば良いのである。*
昼食は少し遅れて行ったせいか、教え子Tさんはいなかった。
時間があるときにはパソコンで本を読んでいるのだが、午後からは少々読むのも退屈だった。
読んでいる本が面白くなかったせいもある。
台風状況をテレビで視たり、ロビーで外を眺めたりした。部屋は廊下側で外の景色が見えない。
窓側の方が良いと思ったが、配置を見ると廊下側の方が使いやすそうだった。
そのうち眠くなると横になって眠った。

夕方、夜勤の看護師が挨拶に来た。
何処かで見た顔と思ったがやはりSさんと同じK高校の教え子だった。
そのYさんにインスリンを夕食前に腹に打ってもらった。
インスリンを打つと10分以内に食事をとるように言われていたので、最初は気がせいた。
夕食にはTさんもいて自宅のある町(Tさんも私と同じ町に居住)とに避難勧告が出ていることを話題にした。
夕食後はよく眠れた。


*解説 検査資料では私のインスリンの抵抗性が低いが、分泌量が少ないことを示していた。ただ、一日の排泄の総量から、強化インスリン療法で改善されれば、退院後にインスリンを日常的に用いる必要がないと判断された。

大部屋と個室の選択
4人部屋はそこにいる人の音や夜は明かりなどが気に掛かるが、費用面で当然助かるので、私は大部屋を選んだ。
今回はたまたま東隣の高齢者が声も鼾も大騒音をまき散らかしていたが、単に運が悪かったのだと思う。
では高い金を払って一人部屋が良いかというと、私の場合はそうでもない。
金銭的には任意保険で生活習慣病の特約もつけていたので、後でペイできる筈であった。
それより入院して感じたのは、内科の個室は重病者が多くて、亡くなる場合が少なくない。
この入院中に何度も臨終の様子が伝わってきた。
それは家族が控えているロビーが騒々しいことや、ベッドが運ばれていたりするのに遭遇することもあった。
私は小さい頃から祖母に霊的な話をよく聞かされていたので、自分の専門が文化人類学で、研究対象でありながら「霊に関する」ことは苦手である。
妻は生きている人の方が怖いというが、私は物理的に対処できない霊的存在の方が正直怖いのである。
知っている人ならともかく、知らない人がそこで亡くなったと想像するだけでも気持ちよくない。
臆病な私には賑やかな大部屋の方が適している。
因みに個室に入っていた糖尿病患者は、事業経営者とこの病院の役員であった。
事業経営者は入院してまで部屋で仕事をしており、電話のやりとりなど個室が必要であった。

血糖値
朝食前:255 昼食前:448

入院前の状態②哀しき勘違い:ダイエットの落とし穴・飲酒と糖尿病・前兆

ダイエットの落とし穴
私は検査まで不安を抱きつつも大きな勘違いをしていた。
ダイエットと運動が効をかなしてスリムになり、体調も良く糖尿病も治ったと思っていた。
そう思わせる程に体調も良く、2011年4月から6月に体重が減った頃に比べて体も楽だった。
減量していた頃はもしかしてという不安は過ぎったが、この夏休みはそれを忘れさせる程元気だった。
ただ、寝酒は悪いと言うことは自分でもよく分かっていた。朝の尿の状態が悪かったし、寝起きの体や精神状態が良くなかったからだ。
しかし、寝酒は何にもまして美味しく心地よく、しかも体に良いとされるワインにできるだけ限ったので油断があった。
入院中に主治医のT先生に寝酒が悪いことを聞いたときに、最大の原因だと再認識した。
おそらく検査で引っかからなかったら、大きな症状を起こして取り返しがつかなかったろう。
最悪のことを考えれば不幸中の幸いだったが、ダイエットをして減量していた頃に、もしかしてと検査していたら、入院をすることはなかっただろう。
ただ、どっちみち夏休みには検査をする予定だったので、必然の結果といえば必然の結果だったのである。

減量してから検査までの数ヶ月は、昔の自分を取り戻したかのような気分が続いた。
人に痩せたことを言われると、糖尿病だと言いながら内心は「ダイエットと運動の成果」と自分では悦に入っていた。
これが哀しき勘違いで、死のリスクを負った落とし穴であった。
これで死んでいたら「本当は怖い家庭の医学」のテレビ番組を地で行くものだった。
今までずっと酒に代わる楽しみが見つからないと言い訳をしていたのだが、どうこの病と付き合っていけばいいのかを真剣に考える必要がある。
一つは強靱な肉体に改造して飲食を超えるエネルギーを消費する。
一つは飲食を最小に抑えて穏やかに暮らす。
たぶん自分の性格からしたら前者になるだろう。
毎日朝早く起きて10kmほど走っていた頃のように運動する方法があるだろう。
ただ、その時も走りすぎて足を故障させたので、故障しないように心がける運動の継続である。
それと週2回の休肝日は神明に誓って果たさなくてはいけないと入院当時は思ったが、結局果たせたことは無い。

飲酒と糖尿病
糖尿病患者が飲酒などとはもってのほかと思われる方が多いかも知れない。
自分の父親も飲み過ぎが原因で脳梗塞になったことを悔いて、病気をして飲めなくなった後は、ことある毎に「飲むな 飲むな」と子ども達には繰り返して言った。
当然、母親は私の糖尿病のことを知った後は、だれにもまして禁酒という言葉を繰り返した。
妻は以前に私が禁酒をして、睡眠薬に頼り、却って自律神経失調に陥ったことを知っているので、禁酒までは求めなかった。
それ程私は酒が大好きなのである。
これは大学院時代のビールを飲みながら議論を交わす研究室の流れが源流にあると、自分に対して言い訳している。
実際、大学生の頃は毎日酒など飲める身分ではなかったのだが、酒やたばこの常習性がついたのは院生時代である。
思い返せば、昼間から東京の青山通りを缶ビール片手に飲みながら歩いて、同行していた従兄弟に顰蹙をかった。
因みにたばこは缶ピースまで吸っていたが、子どもの誕生前の1989年ころに止めた。
唯一、私が禁酒できたのは、患った痔瘻を手術以外の漢方で治そうとして飲んだ漢方が、飲酒すると、顔が紅潮して動悸がするので飲めなくなった時。
友人の医者に強く求められて禁酒をして、代わりに睡眠薬を処方して貰った時だけである。
痔瘻は結局手術で治し、睡眠薬の代用は自律神経をやられて結局失敗した。
さすがに今は酒量も減り寝酒は焼酎に限っているが、禁酒には至っていない。
入院前より節酒に関して出来ているのは、焼酎はあらかじめ薄めていることなどであろう(以前は25度をストレートかロック)。
入院前には1日に日本酒換算で3合以上の酒量があったのも、現在は2合未満程度まで落ちていると思う。
主治医の先生や栄養士の方からは休肝日を設けることを強く求められているが、禁酒とまでは言われていない。
私には何よりもまして休肝日の設置が大きな課題であり続けている。

前兆
初期段階では当然合併症で出る症状はない。後で思い起こせばという場合が多い。
自分に関しては、手のしびれや便秘がそうである。
ただ、これらは血糖値が下がった後も続いているので、決定的な症状と言うには疑問が残る。
また、糖尿病になるとインポテンツになるというのも、人によるであろうが病気が慢性化して進行した状態だろうと思う。
自分は「夫婦の営み」を人並み以上にしているから大丈夫と思っていたら、私と同じことになってしまう。
そして、本当は心療内科で検診して情緒不安定が糖尿病の初期段階と言われたときに、真剣に自覚するべきであった。
おそらく予備軍と言われる人の多くは、何らかの自覚があったり、医師から注意を受けているはずである。
肝心なのはどれだけそのことを深刻に受け止め、早期に食事療法や運動療法にとりかかるべきなのだが、現実的には薬でごまかして、高い数値のママでいる人が多いようだ。
私のように糖尿病といわれながら、医者に定期的にかからなかった者は、死のリスクを負って即入院の羽目になる。

2016年12月23日金曜日

入院前の状態①体質変化・体温と血圧・高血糖と運動・低血糖体験

体温と血圧
 退院後はいつの間にか自分の平熱は36.5℃くらいになり、血圧も下が60~80 上が110~130程になっていた。
入院前はずっと平熱は35℃代の前半、血圧も下が60代になったことは殆ど無かった。
特に朝は体温は低いのに37℃代になることもたまにある。おそらく基礎代謝が増えたのであろう。
体温が上がることは良いことらしいので良いが、これが単にインシュリン投与の影響だったら元に戻るかも知れない。

高血糖と運動
 血糖値が高い状態が続くのに平気であった理由は、どうも高い血糖の中で運動をするのが日常になっていたことによるらしい。
運動は多量に糖を消費するので、特に午後からはその傾向が強く、低血糖を引き起こしてしまった。
そう言えば腹が空いても運動が出来たのは、高血糖のお陰だったようだ。
これは以前、腹が減ると途端に動けなくなったことと全く違ったことになる。
それなら何故脂肪を燃やして痩せたのかが疑問となる。
推測に過ぎないが、4月から6月に体重が減った頃は、ダイエットをしていて血糖は少ないのに尿の中に降りてしまっていて、その分脂肪を燃やしていた。
ところが減量に成功すると酒量が増え、甘い物を取り始めたので血糖は上がり、それを運動に利用できたので意外に血糖は大幅に下がった。
ただし、脂肪は燃やす機会が無くなり減量は出来なかった。
高血糖でも他に障害が出なかったのは、朝は畑仕事と水泳、午後からは夕方の散歩、夜は「夜の営み」と食事を取れば必ず運動はしていた。
ただし、寝酒だけは余分であった。

低血糖体験
 今回味わった軽い低血糖状態は、仕事をしていたときも実は味わっていた。
夕方に少々頭がポーとして呂律(ろれつ)が回りにくくなっていたのである。
午前に多く運動をして昼食を少なめにするとそういう状態になる。
休日は午前中よく運動しても昼に酒を飲んでいたので、糖質は足りていたからそう言うことにはならなかっただけである。
入院生活では、殆ど酒が欲しいと思わない。
腹が減っても我慢は出来るが低血糖になって倒れそうになるが、運動は普通に出来る。
課題はやはり退院後、酒の誘惑に勝てるのかと言うことだ。
すぐ酔う体質や、酒を欲しいとは思わない気持ちが保てたらいいが、おそらく薬を飲んでいる内だけは抑制できるであろうと思う。
薬を飲み続けるわけにはいかないので、運動で回復させた後に元のようになるわけにはいかない。
体質だけでなく気持も変化して欲しいものである。

2016年12月22日木曜日

入院初日(2011/9/2(金))・入院時検査・治療計画・食事・入浴・就寝

台風接近の中でまず検査
台風が近づく中、病院には10時までに着く予定で出かけた。前日の午後から準備に取りかかり、衣服だけで大きなバックが一杯になった。
それにパソコンやら、わざわざ遠くの千種町から汲んできていた10Lの水を持ってきて、たいそうな荷物になった。家内は仕事があるので送ってきてもらうだけだった。
台風の関係で今夜外出するか、入院を延期するか検討したが、結局検査が夜も続くのでそのまま入院することになった。
大きな荷物は受け付けに預け、入院前の検査として、心電図と血管の検査から始まり、胸部のレントゲン、腹部のCT、血液検査となった。採尿もする予定だったが、出したばかりなのですぐには出なかった。
因みにこの時の血糖値は401という驚異的な数字を示していた。
採血検査は初日から2日目に掛けて昼食前後、夕食前後、就寝前、朝食前後と合計7回あり、これが自分にとっては辛い経験となった。
また初日と2日の午前まで必ず尿を所定の検査袋に出さねばならなかった。*

*解説 蓄尿は朝起きて一番の尿から以降に排尿した尿をすべてウロメーセルと呼ばれる目盛り付きのビニール袋にに集める。尿糖、尿中ケトン体、尿中微量アルブミン・尿中蛋白、C-ペプチド(尿中1日排泄量)を計測するためのものである。(病院研修資料より)

採血検査と治療計画
いよいよ入院と言うことで、案内してもらって南館に行き主担当の看護師の方を紹介された。3階内科病棟の3001号室がこれから二週イメージ 1間過ごす部屋となった。4人部屋の廊下側であったが意外に広かった。
荷物を片付けている内に、昼食前の採血があった。その後で昼食が届いて食べたが、ちらし寿司とすまし汁であった。飴まで付いていて、欲しくはなかったが検査のためだろうと食べた。
食後暫くして、通院時とは違うこれからの主治医のT先生が来て説明してくれた。若い医者で丁寧に説明してくれた。
因みに通院時に見て貰っていた主治医のN先生は、非常勤で大阪に本宅がある老齢の方で、糖尿病治療では権威ある方であることを後で知った。
T先生によると私の症状は結構重いらしい(今まで治療した患者の中でも滅多になかった悪さだという)。ただ。
数値が悪くなってそれ程年月が経ってないので合併症がまだ生じてなさそうなのが幸いだそうだ。
しかし、心筋梗塞や脳梗塞はいつ起こっても不思議ではない数値の状態と言うことで、リスクを負っていることに変わりはなかった。
治療計画の説明を受け、明日からインスリンの注射を始めるということで、そこまで自分は悪いのかと思ったが、これから一生打ち続けるのではなくて、膵臓を回復させるためだという。
薬はその後に服用するらしい(最初にインスリンを打つのが強化インスリン療法の特徴)。この治療計画を聞いて自分がまさに糖尿病患者なんだなと今更ながら自覚した。

食事と入浴
午後からは音楽を聴きながらパソコンを使って読書した(パソコンを持ち込むことは自由だが、1日あたり42円の電気使用量を取られる、またテレビはインターネットに繋がっていてその使用料は1日300円である)。
採血は主に若い看護婦がやってくれた。愛想の良い子で患者が岡山県の人が多いので、岡山弁がうつってしまったと話していた。
風呂は3階にあるのだが、あらかじめナーステーションで予約しておく、時間帯は昼食後であるが、この日は3時頃に風呂の順番が回ってきて、シャワーだけ浴びた。土日はシャワーさえも使えないことを知って、入院の不自由さを思い知った。
妻には携帯で留守電を入れたりメールで欲しいものを伝えた。
夕食からは病室ではなく、2階の食堂で食べることになっていた。量は少なめだったが品数が多かったので不満はなかった。豚肉の野菜炒めと、シューマイなどが出て、デザートにイチゴゼリーが付いていた。食べに来ているのはどちらかというと外科にかかってそうな人だった。
内科は高齢の患者が多いので病室で食事を取る人が多く、入浴もあまり無く、身体を拭いてもらていた。

就寝
夕食後しばらくして、家内がいくらか頼んだものを持ってきてくれた。
家内の帰宅後はテレビでワールドカップ予選を見た。最後のロスタイムで点が入って日本は北朝鮮に辛勝した。勝ったから良かったものの攻め続けて引き分けだったら、後味の悪いものだったに違いない。
病室は高齢者が多く、早くから電灯は消されてしまった。夕食前も16時、夕食後20時、就寝前の22時採血したが、夜勤担当の看護師の採血は結構痛かった。
因みに後で血糖値の結果を知ったが、この日の昼食後の検査では498という自己最悪記録を出してしまっていた。最低は就寝前の341であった。**
**解説       空腹時血糖値         食後血糖値
     健康な人  110mg/dl未満       140mg/dl未満
     糖尿病   126mg/引以上       200mg/dl以上   (病院研修資料より)
 上の表から498という数字はいかに異常な数値であるかということが理解できると思う。

血糖値
昼食前:355 昼食後:498 夕食前:365 夕食後:426 就寝前:341



2016年12月21日水曜日

驚異の12.1

教育入院の前年(2010年)の糖尿病に関する記録を読んでみたが、かなり深刻に糖尿病を受け止めていたはずなのに現実には進行させてしまった。
 まだ境界線上にあり食事と運動で何とかなるという思いでいたのだが、それを実際にはきちっと出来ていなかった。
(医者は定期的に通院を指示したというが自覚がなかった。患者である私にはその深刻度が伝わっていなかった)
 ついに2011年8月30日の検査でへモグロビンA1c(HbA1c)が12.1(血糖値は空腹時で236)となり、医師から「あんた死ぬで、即入院」*と言われ、とうとう教育入院という状態に陥ってしまった。

*解説 HbA1c正常値は5.8~6.4 不十分6.4~6.9 不良7.0~7.9 不可8.0以上であり、ひどくなると高血糖昏睡と言われる意識を失う状態になり、死ぬこともあるという。(病院での研修資料から)

悪化の症状
夏休みになって仕事のストレスから幾分解放されて、運動が出来るようになって気分も良くなったので糖尿病は治ったと勘違いしたが、実は4月から6月までの食事制限による減量していた時の倦怠感などの辛さは、空腹によるものではなくて、糖尿病そのものから来るものであった。
薄々はそうではないかと思っていたが、夏休みになって元気を取り戻したので調子に乗って酒の量を増やしてしまった。
おまけに減量の安心から以前は食べていなかったスイカなどの甘いものもよく食べ出した。
それが今回の事態を招いたのだと思う。(今から考えると実は当時、昼夜を問わず非常に喉が渇き、スポーツ飲料や水が手放せなくなっていた。)**
負け惜しみ的に怪我の功名を言うなら、今回糖尿病が悪化して、肥満解消ができ、皮肉にも見た目の自信を回復させることになったということ。
これも皮肉なことに酒を控える気持も生んだこと。命と引き替えに酒を飲む気にはなれない。
しかも、薬に頼りだしたら1ヶ月1万円治療費(実際現在は6000円程度)と薬代にいる。
そこまでして酒は飲めない(現実は入院中以外止められなかった)。

**解説 一般的に①疲れやすい ②のどの乾き ③尿の量、回数多くなる ④たくさん食べても満足できない⑤急にやせるという症状が出てくるというが(病院での研修資料から)、①③④⑤は運動量を増やした時には運動によるものか、病気の症状なのか判断しづらい。やはり、②が自分にとっては大きなシグナルだったように思う。尿は量や回数は季節に左右されるので、むしろ、色や臭いの方が目安になると思う。濃くて生臭い臭いがした。

2016年12月17日土曜日

劇的改善

今日(12/17)の検査結果、HbA1Cの結果は6.6!
前回(10/22)の7.2から0.6も下げることが出来た。
これは、4月23日以来の低さである。
つまり定時制に移動してすぐの値に戻った。
今回は確かに薬が倍に増えた結果ということもある。
そのことを主治医のT先生に言うと。
「確かにそれはある。でも、体格に比べてまだ薬は少なめです。」
とのこと、薬だけに頼ったわけでは無い。
しかも、実は倍に増やしたこともあって、結構安心して夕方の分を飲み忘れていた。
血糖値関係は良かったものの、中性脂肪がずいぶんと増えていた。
色々考えたが、このところボーナスが出て買った飲んでいるウィスキーによってアルコールが増えていた。

運動の面では歩く歩数は減っているが、朝食後と昼食後も歩くことにした。
定時制のメリットは出勤時間が13時20分なので、昼食後に歩ける。
職場の近くの景色の良い海岸を、出勤前にしっかり20分ほど歩いている。
夏場は朝食前にしっかり歩き、昼食後は暑い時には歩けなかった。
共に涼しい時間帯で歩いたのだが、やはり血糖値を下げるには食後が良いのだろう。

もう一つ良くなった原因として考えられるのは、歯の治療である。
歯が割れて、歯茎が膿んだ状態であったので、悪い歯を抜いた。
部分入れ歯になって、食事はしづらくなったが、膿みに悩まされることは無くなった。
歯槽膿漏の菌は糖尿病などに悪い影響を及ぼすことから考えて、これも良くなった原因として上げられる。

実はこの季節は、普通の人は悪くなって当たり前の時期である。
なぜなら、忘年会などの酒を飲む機会が増えるからである。
今年はこの忘年会にも出席しなかった。
出席すれば酒好きの私は、二次会を含めて相当の飲食をするからである。
誘惑に勝てるほどの意志を持っていない。
そして、早期退職を決めているので、仕事のつきあいに気を遣わなくて済むようになった。
今年は「長」と名の付くものを3つも兼ねているので、本来は出席しなくてはならない立場だ。
「長」という立場と糖尿病は切っても切れない仲である。
そのかわり、今後への不安や、家族への気遣いでストレスも増えて、家でのアルコールが増えた。
それが中性脂肪の激増に繋がってしまった。
ストレスは今後スポーツで減らそうと思う。
散歩する海辺の公園