母親から朝から携帯に電話が入ったので何事かと訊ねたら、名古屋の叔父が糖尿病で足を切断することになったという連絡が叔母から入ったということだった。
人工透析も長い間続いていたが、その前に脳梗塞や心筋梗塞も患っており、満身創痍の状態だった。
同病相憐れむというが、自分は必死になって改善してきたのは叔父のようになったら大変だという気持ちがあったからだで、憐れむ感情ではない。
発病状態からその後の様子は詳しく聞いていないが、努力すれば改善できると思う私にとっては、そこまでなるまで何故放っておいたのか不思議である。
同じ糖尿病の赤穂の叔父は、早朝に懸命に歩くことによって悪化防いで、深刻な事態にはなっていない。
名古屋の叔父はゴルフ以外に趣味もなく、運動も真剣にしてこなかったように思う。
食事に関しては叔母が喫茶店をしていた関係で、外食系のものが日常化していたように思うが、叔母は非常に痩せて糖尿病にもなっていなかった。
同じ様な食事を摂っているので、食事のせいと言い切る訳にもいかないだろう。この糖尿病でも対称的な二人の叔父が、私にとっていい手本になった。
母親は知り合いが糖尿病で切断した足を火葬場に持って行く時に辛い思いをしたと聞いたと言っていたが、ネットのブログでも切断した足の火葬に関する記事がある。
病院が処分してくれても良さそうだが、きちっとした手続きをして、患者の側で火葬する必要なようだ。
本人自ら持って行くことはあまりないと書いていたが、患者の縁者にとっても辛いことだろう。
以前歌手の村田英雄が糖尿病で足を切断した話は有名だが、Wikipediaによれば、35歳から糖尿病を患い、1997年に右足、2000年に左足を切断して2002年に73歳で亡くなっている。
合併症は他にも心筋梗塞があったようだが、名古屋の叔父と共通点が多い。
ただ、叔父は同じ肉好きでも酒豪ではなくて、昔はビールを大瓶程度飲む程度だったと思う。
叔父はもともと若い頃は柔道を本格的にやったスポーツマンだったが、私の知っている叔父はあまり運動をする風ではなかった。
ゴルフも退職してからはあまりしていなかったようだ。
糖尿病に限らないと思うが、生活習慣病はいかにその病気に対して真剣に立ち向かえるかが重要だと思う。
私も以前は肥満を指摘されながら改善できなかった経験があるので、病状が許容限度の場合はなかなか真剣に取り組めないと思う。
入院するまでは健康書やブログで糖尿病を真剣に調べることさえしなかった。
たとえ、入院しても身近に深刻な事態になった人がいなければ、ここまで取り組めなかったように思う。
そういう意味で叔父は私の取り組む姿勢を決定づけてくれた人でもある。
悪い事例を提供する叔父に対しては非常に気の毒に思うが、人生の残酷さも現実のこととして、その叔父から学ぶことができたように思う。
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